巨べら釣りを楽しむブログ
アクセスカウンター
着物買取着物買取ダイヤモンド買取ブランド買取ぜったいカラコン

◆巨べら狙い◆ big51の釣れない釣行記

2017.00.00.jpg

◆巨べら狙い◆ big51の釣れない釣行記

2015.04.04.09:50 撮影

応援クリックを頂けますと幸いです。

励みになります。
こちらへもclickをよろしくお願いします



巨べらの超マイナーな茨城県で、「自己満足」の巨べらを楽しんでます。

釣れない釣りも釣りのうち(笑) 

 『夢の50cm神』はいつ・・・?


2016年12月05日

20年前印旛新川にて

1996年の今頃・・・。

丁度20年前、私は元気盛りの30代前半で疲れ知らず・・・。茨城県は水戸から千葉県八千代市にある「思い出の印旛新川へ」通っていた。

 第2次橋本内閣1996年11月7日、社会党・新党さきがけが閣外協力に転じて、3年ぶりの自民党単独内閣となった(なったと言っても閣外協力なので連立の枠組みはあったかも)第2次橋本内閣が発足した年。(ちなみに自民党は角栄さん以降は、今も昔も嫌いですが)

アムラー(安室奈美恵のファッションをまねた人)とか援助交際(主に未成年の女性が、大人の男性と交際して肉体関係を許し金品をもらうこと)とかオヤジ狩り(高校生らが誘い合って、千鳥足で帰宅する中年男たちを襲って金品を奪うこと)が流行った年。


新川1996-01.jpg

 印旛新川の、確かゆらゆら橋?
この周辺での釣りが好きで、通っていました。この日(釣行+撮影)は1996年(平成8年)の12月上旬で、丁度今から20年前の今頃です。

 遅い夜明けから竿を出し、16〜18尺にて底釣り。釣果は最大尺3寸あるか無い位の型を頭に、放流べらがメインの8枚・・・。バラケ&グルテンの釣りでした。同行の菊さん(後の巨べら愛好会の会長)は残念ながら、確か1枚かオデコそんな感じで、厳しい釣りでした。


新川1996-02.jpg

釣り仲間の菊さん(左手前)

 思えば4時には暗くなるし、まして日帰り釣行なので、忙しい一日でした。40p上が釣れなかったので画像は無しでした・・・。

 私の印旛新川釣行は、1980年代後半からと記憶しているものの、写真が無かったりと正式な記録が無い。平日の釣行で、週刊ヘラニュースの取材で、たまたま居合わせた私の画像や記事が掲載されて大切にとっておいたが、とっておいたつもりで・・・紛失。

 当時、転勤が多く2年に1回それ以上が住所変更及び引っ越し・・・。その度に思い出の品が消える感じでした。この頃、本気で『新川慕情へらフィッシングクラブ』に入ろうと考えていました。八千代市に土地を買おうと思うぐらいに新川が好きで、随分と通いました。

 確か、発足9年目位の新川慕情(現時点で発足31年?)は野釣りの会としては、圧倒的多数で60〜70名近い会員がいたと記憶。鎌○さんや近○さんや小○寺さん根○さんという、当時では恐れ多くて口をきけないぐらいの?現地の有名人の方にもお声を掛けていただいた記憶が・・・。

 そうは言っても、当時乗っ込み期以外で尺半は滅多に釣れないものの、通年42p〜36p級は良いときで毎回3枚〜8枚前後は釣っていましたので、ポイント・仕掛け他、アドバイスいただいた地元の方には申し訳ないのですが、1回の釣行での総数・サイズはそこそこ釣ってました。(たまには自慢させて下さい)

 1989〜1993年は、ここではほとんど誰もやっていない(見たことが無い)18尺で両グルテンの宙(流れがあるのに1本半〜2本程度)であったり、柔らかめデカダンゴの宙や、オルナミンCやリポビタンDを水代わりに使用したグルテンマッシュAを使うなど、ハチャメチャな釣りでエサはバンバン打っていたと思います。味の素や乾燥ニンニクを混ぜたり、流行を過ぎた4倍スコープでウキを眺めたり、掟破りのナイターと、スレ取りや撒き餌や3本鈎以外は何でもありだった気がします。(今は四季を問わずに徳用マッシュメインの一本槍です)

 そんなことがあって、そして、それだから好きだったと思います。

 平成10年発足(1998年)の巨べら会での試釣も、そして本番の例会も2枚長寸で85.0poverでぶっちぎりで優勝と、とにかく相性の良い釣り場でした。

 思えばそれでもその後最大は45.0p程度(印旛新川での実績)しか釣っていません・・・。いずれもう一度竿を出したい釣り場です。






にほんブログ村 釣りブログ ヘラブナ釣りへ

にほんブログ村
↑応援クリックを頂けますと幸いです。
励みになります。
こちらへもclickをよろしくお願いします。



posted by big51 at 21:03| Comment(0) | 過去の釣行【pickup】

2011年07月01日

相模湖/上野原地区


期待を込めて天狗岩釣宿から!

 へら鮒釣り(巨べらに限らず)をされていれば、一度は必ず耳にした事があると思います。その釣り場の名は相模湖・・・。間違いなく関東では横綱級で「巨べらの宝庫」であり、その中でも上野原と言えば実は山梨県で、神奈川県相模原市藤野町から曳き舟で山梨県入りと言うことになります。ここは6月〜8月ぐらいに掛けて、浅場で釣れる場合もあったり、日並みによって深場で喰いが立つときもあり、年に数回の釣行ではポイントの選定がかなり難しい。だが、宿のご主人が前日までの釣況と、最新の魚探でのデータをもとに、最も確率の高いと思われるポイントへ舟を曳いてくれる非常にありがたい「巨べら」釣り場です。

sagamiko-2002.jpg

受付でこんなのを見たらたまりません・・・。

 1980年代後半、無謀にも日中の釣り(西湖・河口湖からの帰り道)でオデコとなり、1996年(平成8年)頃から数年間、ナイターにて『50p上を狙った』とても懐かしい釣り場。平成8年と言えば、記事を更新した2017年1月現時点で今から21年も前のこと。野球は詳しくありませんが、メジャーリーグで当時のドジャース所属の野茂英雄投手が日本人初のノーヒットノーランを達成したり、漫画家・藤子・F・不二雄が肝不全のため死去されるなどそんな時代でした。

 せこい話ですが茨城からだと、高速代や燃料代含め、本音は『お気楽』とは行かなかったが、とにかく釣りたい一心でシーズン中は複数回通いました。複数回と言っても数年間でたかが20回・・・。当時も今も、たった20日で尺半上が手にできるわけも無く、40上ですら2枚しか釣っていないのが現実でした。思えば、現時点(更新2017.01/20)でも尺半はそんなに出ていない模様・・・。

 
 甘いものではありません。
(最近の釣果)

         

http://tenguiwa.jp/herabuna.html



相模湖天狗岩.jpg

釣り仲間のK氏の釣果(巨べらは2枚)98年6月末




結局45p以上の巨べらは釣れなかった・・・

 上野原付近では、大曲り・のどっ首あたりが当時の有名ポイントであり、21尺〜13尺までで色々な釣り方にてチャレンジしました。その中でも特に島田沢や第2ワンドが好みでした。
 しかし、結局私には巨べらは釣れなかったのです・・・。当時42p〜が巨べらという個人的な思いもあって、ここへ来たならそれ以上は当たり前で、50p上は別としてもせめて尺半/45p上を・・・と、そしてここでは40pなど小べらである印象を強く持っていた。で、釣行前の淡くも熱い期待は、毎回・毎回打ち崩されていたのでした。


sagamiko-2001.jpg

1998〜2002年迄通いました・・・(初挑戦の釣仲間T氏・中央は相棒K氏)

 1998年(平成10年)時点では、マッシュの練り方も、使い方も解らず、そもそも使おうとすら思っていない自分が居ました。良くてセット釣り、もしくはじっくり両グルテン。思えばこれでは45p上なぞ「釣ろうと思って釣る」ことは出来ないですね。そしてまた偶然釣れたでは納得できない・・・、それが自称『巨べら師』の悲しい性なのかも知れません。

 何時かまた再び挑戦したい釣り場であることに変わり有りません。



にほんブログ村 釣りブログ ヘラブナ釣りへ
にほんブログ村
↑応援クリックを頂けますと幸いです。励みになります。
こちらへもclickをよろしくお願いします。
posted by big51 at 09:30| Comment(0) | 過去の釣行【pickup】