巨べら釣りを楽しむブログ
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◆巨べら狙い◆ big51の釣れない釣行記

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◆巨べら狙い◆ big51の釣れない釣行記

2015.04.04.09:50 撮影

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巨べらの超マイナーな茨城県で、「自己満足」の巨べらを楽しんでます。

釣れない釣りも釣りのうち(笑) 

 『夢の50cm神』はいつ・・・?


2017年06月10日

ホーム釣り場偵察


明日の予定・・・

 明日は6月11日(日)、あっという間に10日経過ですが、気象庁から梅雨入り宣言があったものの、全く梅雨らしくないイメージですね。雨は降りましたが、水戸市内は申し訳程度の夕立でした。で、ようやく本腰を入れて釣りが出来そうな・・・。なんて、先週書きましたが、『とんでもない』ことで、全く手が空かない1週間でした。それでも明日は週に1回の楽しみな釣り。

何処へ行くかは気分次第・・・。

  昨日金曜日、納品の帰り道に『ホーム釣り場』を覗いてきましたが、へら師は皆無でした。釣れていないので誰も来ません。へら師は正直です(笑)
 この春の工事で、底が変わって付き場も変わったのか、毎年見ていた『へら玉』も無く、モジリも無く、赤潮?っぽいプランクトンの死骸を含む悪い水があちこちに・・・。一応、生命反応がある水域をチェックしてきましたが、私の好まない『短竿』しか振れそうに無いポイントでした。例年、この時期は15尺以上なのですが、どうせノーアタリが目に見えているので、明日は早朝に10尺でも振るよりダムにでも・・・と。

へら  2013.06.15.002.jpg
釣れていた頃の『アベレージサイズ』/40p以下は希でした。


へら  2013.06.15.jpg
10枚〜20枚に1枚は尺半超えも(大袈裟か・・・)

 4年前までは6月には入れは、ホームでこんなのが楽しめたのですが、今は魚も減ったし、スレたし(連日攻められすぎた為)40〜45p前後が朝に限らず、昼間に限らず複数釣れていましたので釣れないのは当然かも知れません。更に、ナイターで攻められ、大水で魚も流されて、今や悲しい釣り場になってしまいました。


ダム(湖)か沼か池へ!

 夕立があった今日、恐らく県央地区のどの釣り場も活性が出るのでは・・・と勝手に期待していまして、ダメ元でマッシュを打ちに行きます。先ほど、相棒の羽さんと連絡を取り合うと、ホームで初ベラも尺2寸とのことで、足が向かないとのこと。私も昨日ホーム釣り場を偵察に行きましたが、良くないイメージしかありませんでした。よって、夜明けと共に・・・とは行きそうもありませんが、明日はダム湖に6時前には着きたいところ。朝のモジリで判断したいと思っています。


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posted by big51 at 20:45| Comment(4) | 過去の釣行【pickup】

2016年12月20日

46.5cmの巨べら!

冬の巨べら釣り場B

湖上園オダにて自己最高記録

2007年10月21日(日) 北部手賀沼

 2007年と言えば平成19年、現時点では2016年の年末を迎えるも、丁度いまから9年前のこと。

当時の首相「安倍晋三」が辞任。福田康夫氏が首相に就任した年。(2007年9月末)
他の出来事としては、郵政3事業が民営化した。

 日の出にはほど遠い「早朝4時」に起き、釣り仲間の「Kさん」と6号国道を南下。途中朝食を摂りながら約2時間かけて到着。高速を使えば1時間ちょっとですが、急ぐ釣りでもないし・・・ということで一般道利用。過去に延べ30回以上の釣行で、尺半上にお目にかかれませんでしたので、気合いが入っています。



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隣は釣り仲間のKさん(この時間帯はベタナギ)

 竿はお気に入りの「三代目枯法師」13尺、道糸はバリバスの1.5号、ハリスがスペクトロン0.6号で、ハリがダンゴ鈎7号。ウキは月山の竹足底用6号。タナ2本強を共ズラシの両グルテン。エサの配合は新べらグルテン+α21。レンギョや巨ゴイが怖いなんて言っていられないので、お気に入りの竿にお気に入りのウキ。

 7時前に餌打ち開始で、やっとアタリが出てへらが釣れたのが14時。実に7時間辛抱しての1枚! その1枚がこれでした。デカイ口が水面に現れた時は感動です。直後に45p上確実と悟りました。舟の上で計った時には46.85pはあったのですが・・・。

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なかにか眠たい顔をした巨べらさん。黒いのは40上のマブちゃんです。



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手賀沼巨べら会さんのスケールをお借りして検寸     46.5cm!!


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私自身が大柄なので、折角の巨べらが小さく見えます・・・(笑)

 この日は確かお客さんも少なく15人か20人、ほとんどがオデコで、同行のKさんも痛恨のオデコ。運良く私に釣れてくれた。漬け物樽に入っているデカマブと子ブナは別のへら師が釣ったもので、湖上園の釣り堀に入れるのに「マブでも子べらでも」持ち帰るように言われていたとか・・・。

 結局この46.5cmを最後に、北部手賀沼からは遠ざかりました。
地元(ホーム釣り場)で47〜48pが真冬でも釣れるようになり、景気も悪くなり遠征費用もバカにならないし・・・ということで。

 この頃は失われた20年の真っ只中。第一次安倍政権下、小泉政権でボロボロになった日本はさらに追い打ちを掛けられていた時期。そして今の『第二次安倍政権下』さらにさらに酷いことになっています。

1.北方領土はロシアの言いなりで成果ゼロ。
2.TPPはアメリカの言いなりで日本の農業崩壊予定。
3.でっち上げの朝鮮慰安婦に1人1000万払ってみたり。
4.日本の国民を増税で苦しめてみたり。
5.移民を推進させて治安を悪くして・・・。
6.おまけに今、力を入れてるのが日本人を「堕落させる」カジノ。

 南北朝鮮のパチンコ業界から大量に賄賂受け取ってる政党が自民党。閣僚が白紙領収書でおいしい思いをしてもお咎め無し。「民間企業だと常識的にアウトのものが、永田町はセーフだなんて道理は通用しない。特権階級でいいなんて開き直っているようじゃ、自民党ももうお終い。」驕りが見える今の自民党。有権者からソッポを向かれる日もそう遠くはないのかもしれません。そして、首相の山口の豪邸は、地元では有名なパチンコ御殿と呼ばれてるとか。景気はずう〜っと悪いままです・・・。



 そうは言っても、いずれ機会を作って、北部手賀沼のオダ釣り、再チャレンジしてみたいと思います。



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posted by big51 at 21:15| Comment(0) | 過去の釣行【pickup】

2016年12月19日

冬の巨べら釣り場A

北部手賀沼 湖上園オダ

 前回の続き・・・。
1996年・平成8年は手賀沼のオダ釣りにすっかりハマり、一番足を運んだ年でした。すでに今年(2016年・平成28年)も来週一杯で終わりますが、現時点でなんと20年前。巨べらが真冬に釣れるとすれば、ここしか無いと・・・。

 20年前と言えば、日本の釣り人口が空前の大爆発的増加で、2,000万人超え・・・。今は(2016年現在)半分以下、いやいや想像ではもしかして1/4位じゃないでしょうか・・・。

 釣りを知らないことは人生の楽しみの半分を知らないことだ!」なんて言う名言がありますが、へら鮒釣りにおいてもこの言葉は合っているかな・・・と痛感します。この時代のヘラ鮒釣りの熱気といったら、それはもの凄いと言うイメージはありました。手賀沼に限らず・・・です。
 大げさに言えば、釣りが生活の一部みたいなへら師がゴロゴロ居たかと・・・。


 写真は湖上園オダの50pの魚拓。


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うらやましすぎる・・・。こんなのを絶対釣りたいと意気込むも甘くないです。


 通ったと言っても、土日だけ・・・。都合良く風が無いとか晴天ばかりでは無く、前日に大西が吹いて極端に濁ったり、急な冷え込みがあったり、突然暖かくなったり・・・。野の釣りは本当に厳しいです。


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こんなに穏やかだと逆にアタリは少ないです。(湖上園オダ)


 枚数だけなら1996年の10月末から12月頭が断然釣れました。
そうは言っても大きくて44.0p迄で、平均で40p〜41p程度。尺半は釣れません・・・。記憶ではオデコはほとんど無くて、悪くても尺2寸級が1枚か2枚、良い時は40上が5枚〜6枚。外道含むもアタリは1日で30回〜40回あって飽きません。
 常連の方など釣る人(上手い人)で10枚〜15枚(当然36p級の小型を含め)だったと思います。オデコの人も半数以上は居ましたが、へら師の数はそれなりに多かったと思います。少なくとも1件のオダ釣り場に20〜30人は入って居ました。特に隣の小池オダは人気で有り、へら師で埋まっていた時が多く感じました。常連さんから混めば混むほどへらが動くので釣れると聞きましたが、それはそれで納得。へら師が少ない時はやはり釣果も少ないように思いました。



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時にはこんな子べらも・・・・(36p級) 13時台〜14時台でもウキが動きます。


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平均的な41p級 尺半は簡単に出ません。


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小さくても尺2寸クラス・・・。


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40pに少し足りないへら・・・。


以上、1996年(平成8年)のこの時期の記事でした。


この頃は釣り人口もピーク・へら釣り人口もピーク?

 ちなみに、余暇開発センター発行の《レジャー白書》1997年度版によれば,96年現在の日本の釣り人口は2,040万人で、90年当時の1,540万人、91年の1,700万人から大幅な伸びとなり、まさにピーク。しかし、その後10年で700万人にまで減ったと聞きます。時代の移り変わりは激しいですね。予想というか想像ですが、2016年の今は多くて500万人程度じゃ無いでしょうか。日本の総人口は確か12,600万人?程度なので、ピークの1996年は15.8%の人が釣りをして、2016年の今は総人口の4%程度かも・・・。その中で、へら釣り限定なら2割以下でしょうし、特に巨べら狙いとなれば『かなりの少数派』ですね。

 次回は手賀沼の自身最高記録を・・・。





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posted by big51 at 19:43| Comment(4) | 過去の釣行【pickup】

2016年12月17日

冬の巨べら釣り場は@

冬の巨べら釣り場と言えばやはり北部手賀沼!

 真冬は巨べらと出会うチャンスが少ない。この時期(12月後半)はまだしも、1月から2月は絶望的で、ここ20年以上、個人的には特に1月中旬〜2月下旬は釣りはお休みと言うパターン。

 それでもこの時期限定で狙えるとすれば・・・・。

それは、千葉県我孫子市にある「北部手賀沼」のオダ釣り。数年前までは冬の風物詩として根強い人気。毎年10月10日の網打ち漁解禁と同時にスタートし、ターゲットは40pを超す精悍なスタイルの巨べら。ここの魅力は一発大型狙い。釣れるのは純粋な40p上の野ベラなので1枚をゲットしたときの喜びは大きく、尺半が出たらそれはそれは最高! 

 網打ち漁が解禁になると、広範囲に散っていたヘラがオダ場に逃げ込み、そのまま越冬するらしい。10月・11月はオダの外の方がアタリもあって楽しめた思い出が・・・。

 私の好きなのは『湖上園』のオダ。2015.10月現在で、東西に10メートル間隔で20列、南北には4メートル間隔で17本の杭で形成。この中に古タイヤや、屋形、丸太、井桁、竹など多数のオダが合計230〜250個も投入してある。警戒心の強い野ベラが身を潜める格好の場所なだろう。


1995年(平成7年)の年末



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日の出直後に湖上園の名物男『マーコ』ちゃんに曳舟してもらい釣り場へと・・・(湖面は氷結中)


 時は今から21年前の1995年のこと、平成で言えば「平成7年」。個人的には本気で巨べら専門で尺半を狙いだした翌年のこと。平成7年ではピンとこないが、あの忌まわしい「阪神淡路大震災」や「地下鉄サリン事件」があった年。そして、この時期(12月後半)では、当時の新進党」党首選挙で羽田孜氏を破った小沢一郎氏が第2代党首に就任した時。

 早朝から日の入り近くまでの7時間〜8時間をオダ場で楽しみます。
この頃、10月下旬から12月一杯は、巨べらを釣りたくて2週連続・3週連続で通いました。同行してくれたKさんにも感謝。一人で通ったこともあるが、同行者がいると楽しさはまたひと味違う。21年前なのでこの時Kさんは40代後半で私より若い(笑)。
思えばよく付き合ってくれたな・・・と。そして、強靱なこの体と精神力?生んでくれた両親にも感謝です。この頃は仕事も忙しく平日は朝から晩まで馬車馬の如く働き、毎晩浴びるほど吞み、休みは一日中へら鮒釣り・・・。気力や体力含めて今では信じられません。

 この時期限定とはいえ、毎週・毎週の高速道路での往復、ガソリン代や弁当から舟代を考えたら、それなりの経済負担・・・。しかし、40上が竿を絞ってくれたなら満足。尺半が釣れたら50上が釣れたら・・・と良い方向にばかり頭は行っていました。


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40p級も普通に釣れました。時はクリスマス。でも、そんなの関係無い・・・とばかり(湖上園での釣果)



 竿は11尺〜16尺でオダの状態・距離で使い分け。道糸は1.5号/ハリス0.8号が標準でした。エサは両グルテン一本槍で、主に新べらグルテン底にいもα21と言うパターン。30分程度餌打ちしてウキが動かなければ、移動を繰り返して『泡づけ』を見つけての釣り。日並みでは下記の画像のように『40上』の連発も・・・。


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10月中旬〜11月一杯はコイ・マブも多く難しいが、12月になるとへらが主役になりました。


 釣り場には、船頭の「通称マーコちゃん」が飲み物や弁当を届けてくれます。出来たての暖かい弁当や飲み物は、凍える和舟の上では格別であり楽しみのひとつでもありました。通称大西(意地悪な位の西の強風)さえ吹かなければ、1日楽しめた釣り場。そして日の入り近くには迎えが来ます。道具を陸に揚げるころは薄暗くなり、我孫子市内を通過して帰路につく頃は真っ暗・・・。


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 1995年もあと1日で幕を閉じます・・・。 こんな時期にも巨べら狙い・・・。(湖面が凍っています)

 翌年の1996年(平成8年)も、シーズンになるとここを訪れました。この時は一人でも通っていて、おそらく一番多くオダ釣りを楽しんだ年だったと思います。
そして2007年(平成19年)まで何度か通いましたが、ついに50上の顔は拝んでおりません。次回更新時に『北部手賀沼』自己最高記録含めてup致します。





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posted by big51 at 16:19| Comment(2) | 過去の釣行【pickup】

2016年12月05日

20年前印旛新川にて

1996年の今頃・・・。

丁度20年前、私は元気盛りの30代前半で疲れ知らず・・・。茨城県は水戸から千葉県八千代市にある「思い出の印旛新川へ」通っていた。

 第2次橋本内閣1996年11月7日、社会党・新党さきがけが閣外協力に転じて、3年ぶりの自民党単独内閣となった(なったと言っても閣外協力なので連立の枠組みはあったかも)第2次橋本内閣が発足した年。(ちなみに自民党は角栄さん以降は、今も昔も嫌いですが)

アムラー(安室奈美恵のファッションをまねた人)とか援助交際(主に未成年の女性が、大人の男性と交際して肉体関係を許し金品をもらうこと)とかオヤジ狩り(高校生らが誘い合って、千鳥足で帰宅する中年男たちを襲って金品を奪うこと)が流行った年。


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 印旛新川の、確かゆらゆら橋?
この周辺での釣りが好きで、通っていました。この日(釣行+撮影)は1996年(平成8年)の12月上旬で、丁度今から20年前の今頃です。

 遅い夜明けから竿を出し、16〜18尺にて底釣り。釣果は最大尺3寸あるか無い位の型を頭に、放流べらがメインの8枚・・・。バラケ&グルテンの釣りでした。同行の菊さん(後の巨べら愛好会の会長)は残念ながら、確か1枚かオデコそんな感じで、厳しい釣りでした。


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釣り仲間の菊さん(左手前)

 思えば4時には暗くなるし、まして日帰り釣行なので、忙しい一日でした。40p上が釣れなかったので画像は無しでした・・・。

 私の印旛新川釣行は、1980年代後半からと記憶しているものの、写真が無かったりと正式な記録が無い。平日の釣行で、週刊ヘラニュースの取材で、たまたま居合わせた私の画像や記事が掲載されて大切にとっておいたが、とっておいたつもりで・・・紛失。

 当時、転勤が多く2年に1回それ以上が住所変更及び引っ越し・・・。その度に思い出の品が消える感じでした。この頃、本気で『新川慕情へらフィッシングクラブ』に入ろうと考えていました。八千代市に土地を買おうと思うぐらいに新川が好きで、随分と通いました。

 確か、発足9年目位の新川慕情(現時点で発足31年?)は野釣りの会としては、圧倒的多数で60〜70名近い会員がいたと記憶。鎌○さんや近○さんや小○寺さん根○さんという、当時では恐れ多くて口をきけないぐらいの?現地の有名人の方にもお声を掛けていただいた記憶が・・・。

 そうは言っても、当時乗っ込み期以外で尺半は滅多に釣れないものの、通年42p〜36p級は良いときで毎回3枚〜8枚前後は釣っていましたので、ポイント・仕掛け他、アドバイスいただいた地元の方には申し訳ないのですが、1回の釣行での総数・サイズはそこそこ釣ってました。(たまには自慢させて下さい)

 1989〜1993年は、ここではほとんど誰もやっていない(見たことが無い)18尺で両グルテンの宙(流れがあるのに1本半〜2本程度)であったり、柔らかめデカダンゴの宙や、オルナミンCやリポビタンDを水代わりに使用したグルテンマッシュAを使うなど、ハチャメチャな釣りでエサはバンバン打っていたと思います。味の素や乾燥ニンニクを混ぜたり、流行を過ぎた4倍スコープでウキを眺めたり、掟破りのナイターと、スレ取りや撒き餌や3本鈎以外は何でもありだった気がします。(今は四季を問わずに徳用マッシュメインの一本槍です)

 そんなことがあって、そして、それだから好きだったと思います。

 平成10年発足(1998年)の巨べら会での試釣も、そして本番の例会も2枚長寸で85.0poverでぶっちぎりで優勝と、とにかく相性の良い釣り場でした。

 思えばそれでもその後最大は45.0p程度(印旛新川での実績)しか釣っていません・・・。いずれもう一度竿を出したい釣り場です。






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2011年07月01日

相模湖/上野原地区


期待を込めて天狗岩釣宿から!

 へら鮒釣り(巨べらに限らず)をされていれば、一度は必ず耳にした事があると思います。その釣り場の名は相模湖・・・。間違いなく関東では横綱級で「巨べらの宝庫」であり、その中でも上野原と言えば実は山梨県で、神奈川県相模原市藤野町から曳き舟で山梨県入りと言うことになります。ここは6月〜8月ぐらいに掛けて、浅場で釣れる場合もあったり、日並みによって深場で喰いが立つときもあり、年に数回の釣行ではポイントの選定がかなり難しい。だが、宿のご主人が前日までの釣況と、最新の魚探でのデータをもとに、最も確率の高いと思われるポイントへ舟を曳いてくれる非常にありがたい「巨べら」釣り場です。

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受付でこんなのを見たらたまりません・・・。

 1980年代後半、無謀にも日中の釣り(西湖・河口湖からの帰り道)でオデコとなり、1996年(平成8年)頃から数年間、ナイターにて『50p上を狙った』とても懐かしい釣り場。平成8年と言えば、記事を更新した2017年1月現時点で今から21年も前のこと。野球は詳しくありませんが、メジャーリーグで当時のドジャース所属の野茂英雄投手が日本人初のノーヒットノーランを達成したり、漫画家・藤子・F・不二雄が肝不全のため死去されるなどそんな時代でした。

 せこい話ですが茨城からだと、高速代や燃料代含め、本音は『お気楽』とは行かなかったが、とにかく釣りたい一心でシーズン中は複数回通いました。複数回と言っても数年間でたかが20回・・・。当時も今も、たった20日で尺半上が手にできるわけも無く、40上ですら2枚しか釣っていないのが現実でした。思えば、現時点(更新2017.01/20)でも尺半はそんなに出ていない模様・・・。

 
 甘いものではありません。
(最近の釣果)

         

http://tenguiwa.jp/herabuna.html



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釣り仲間のK氏の釣果(巨べらは2枚)98年6月末




結局45p以上の巨べらは釣れなかった・・・

 上野原付近では、大曲り・のどっ首あたりが当時の有名ポイントであり、21尺〜13尺までで色々な釣り方にてチャレンジしました。その中でも特に島田沢や第2ワンドが好みでした。
 しかし、結局私には巨べらは釣れなかったのです・・・。当時42p〜が巨べらという個人的な思いもあって、ここへ来たならそれ以上は当たり前で、50p上は別としてもせめて尺半/45p上を・・・と、そしてここでは40pなど小べらである印象を強く持っていた。で、釣行前の淡くも熱い期待は、毎回・毎回打ち崩されていたのでした。


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1998〜2002年迄通いました・・・(初挑戦の釣仲間T氏・中央は相棒K氏)

 1998年(平成10年)時点では、マッシュの練り方も、使い方も解らず、そもそも使おうとすら思っていない自分が居ました。良くてセット釣り、もしくはじっくり両グルテン。思えばこれでは45p上なぞ「釣ろうと思って釣る」ことは出来ないですね。そしてまた偶然釣れたでは納得できない・・・、それが自称『巨べら師』の悲しい性なのかも知れません。

 何時かまた再び挑戦したい釣り場であることに変わり有りません。



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